SOUTH BANK STROLL – IN CONVERSATION WITH NICK WAKEMAN

ニック・ウェイクマンは、都会で活躍するディレクター。ロンドンの渋滞にも動じず、むしろ、余裕で車列を楽しんでいます。なぜなら渋滞は、ドライバーに歩道を見渡すように促し、大都会の日常を咀嚼する機会を与えてくれるから。24時間365日、喧騒と騒音が止まない大都市の生活に疲弊している人たちがいる一方で、ニックはこれ以上ない幸せな時間を渋滞の車のなかで過ごしています。彼女にとって、街は無限のインスピレーション源なのです。

これを読んでいる読者は、私がニックと長きにわたって一緒に仕事をしていることをご存知のことでしょう。また、私たちが時折、9時から5時までの勤務時間外に行動を共にしていることにお気づきかもしれません。おいしいものを食べに行ったり、世の中を正すためにダラダラと一緒に過ごしたり、くだらないことで笑いながら泣き、車の中でO.M.D.の曲を歌う。そんな日常のなかで、私は折を見て、ブランドに関する質問をこっそりとニックに投げかけています。編集長として、スタジオニコルソンの物語を描き続けるためには、常に新たな情報が必要なのです。彼女がリラックスして、鎧を下ろした時にこそ、記者としての金字塔が立てられる、うってつけの機会です。

先日のサウスバンクでのニックとの散策も、同じような作戦で臨みました。まるで野に放たれた自由なウェイクマンは、ロンドンを象徴するコンクリート群を背景にしていました。テムズ川のほとりで、春を感じさせる5月の日差しを浴びながら、のんびりと散歩やおしゃべりをする。私はビルケンシュトックを履き、ニックはトレーナーでそぞろ歩きをしていたので、自然と「スポーツウェア」が私たちの最初のトピックになりました。そこで、スポーツウェアがニックの美意識に与えた影響について話してくれました。「私は、スポーツウェアと共に成長したとも言えます。1980年代後半、多くの友人たちがロンドン西部のバッファロースタイルを経験してきていましたし、当時私はロンドンのステューシーの一団と連れだって、ヒステリックグラマーやアベイシングエイプ、その他の日本のブランドを着ていました。これらのブランドが、私にとっての、スポーツウェアのルーツなんだと思います。今では、これらのブランドはモダンなスポーツウェアを主流としなくなってしまいました。私は今のスタイルよりも、もっとずっと遡って、例えばペリー・エリスやウィリーウェアなどが象徴するスタイルを指しているんです。私にとってのスポーツウェアは、パリッとした生地感、独特のサイジング、そして自由な動きを意味します。ゆとりのあるアームホール、ジッパーや、ポッパー、ドローコード、ゴムウエストやボリュームに惹かれるんです。服の中で快適に動けることほど、重要なことはありません。」

モジュラーワードローブには、シーズンごとに欠かさず、ストリートウェアの要素が取り入れられています。道路の縁石や、そこを走るバス、交通量の多い交差点や目線を上に向けるとクレーンが点在する地平線が広がる、そんな都会のライフスタイルに合うようにデザインされています。そしてそれは、ニックの性格を知るとすんなりと理解できます。多くの人は疲れから回復し、体を充電させるために緑あふれる丘などへ向かいますが、ニックは一転、街へ出ます。「大自然の中をゆっくり歩くなんて、私には無理な話。特にイギリスの田舎は退屈でたまらないんです。私はさまざまなモノを眺めるのも、色んな人を見るのも好きですが、田舎にはその両方が圧倒的に足りませんから。」彼女は笑いながらこう続けます。

"Being able to move comfortably in your clothes is so important."

「モダニティに象徴される、「近代」らしいものの見方にはなんだか空回りさせるような、違和感を感じるんです。また、遺跡のような過去の感覚にも退屈させられます。私は1969年以前のものには、興味がないんです。古代史に興味が持てず、他の多くの人が感じるような過去への賛美は、私にとっては重要ではないのです。私が大切にしている時代は、20世紀。あらゆる技術革新と共に、信じられないような混合素材が開発されました。プラスチックが大好きで、美しい磁器よりも興味深い素材として捉えています。人工的に作られ、一般的に「良くない」とされるような素材が好きなんです。天然素材で好きなのは、コットンくらいでしょうか。」

私たちを取り囲む景色を眺めつつ、そこにあるすべてをゆっくりと吸収しながら、私たち2人はウォータールー橋を歩いて渡ります。北側で右折し、昼食の予約をしていたレストラン、トクラスのある、サリー・ストリートへ。床から天井まで外に開けた二つ折りのフレンチウィンドウが並び、植物が生い茂るテラスが間近な、とてもスマートなアドレスです。床のフローリングからは、芳しい木の香りが立ち上り、私たち2人はあっという間に1970年代の学校の集会場にワープしたかのように、その頃の思い出に浸ってしまいました。オープンキッチンにはステンレス製の本棚があり、そこには(プロの現場ではあまり見かけた記憶がありませんが)年紀の入った料理本が所狭しと並びます。メニューはどれも素晴らしく、私たちは「もうどうにでもなれ」と、スターターを全てひとつずつオーダーすることに。

オーダーしたプレートは全てコンパクトにまとまっていて、彩り豊か。気張らず、やりすぎずの塩梅で、新鮮な食材が溢れるメニュー。その味は、もちろん申し分ありません。私が温かいパンをおかわりするころ、話をしていたニックは「ラグジュアリーとクオリティの高さは、大きく異なる考え方」であることを強調し始めました。「私にとっての品質の高さとは、真に良い素材が生きる、シンプルなもの。なぜ、多くの人はそれ以上にことを複雑にするのか、不思議でなりません。世界で一番おいしい料理は、常に最高の食材で作られています。服や建築も同じです。他方でラグジュアリーは、何かを作る際にどういった素材を「選ぶ」かの選定過程に依る基準です。それは、最終的な完成度を指すのではなく、例えば飛行機で一番良い席を選ぶ、といったことではないんです。私は、何においてもエリート主義に陥ってはならない、と考えています。誰にでも手の届かないものがあってはならい、と思うから。そしてもちろん、スタジオニコルソンでは、素晴らしい服を大衆に提供することを理念の一つとして掲げています。「スタジオニコルソンは、決して安くはない」と言う人もいるかもしれませんが、そういった指摘に対して私は「確かにそうですが、スタジオニコルソンの価格設定は適切でしょう。決して、想像を遥かに超えるバカバカしい設定にはしていません。」とやり返す自信があります。

"I can't sit still. I like being active because I like to feel how my clothes move, and that's really all I'm concerned with"

デザートについて、チョコレートケーキか、アーモンドとビワのタルトかプリンかで悩んでいる間、私はニックを一言で表すとしたら「ムーヴメント」だと思う、との思いの丈を彼女に伝えました。ニックは何かに思い悩むタイプではなく、常に前を見て前進しています。常に次を考える、未来志向な人。そしてアクティヴにどこへでも出向きます。まるで船の見張り台に立つように、俯瞰して物事を見つめます。数年前、2人でギリシャのパトモス島に行ったとき、彼女の本質が強調される場面に立ち会いました。短パン姿でモペッドを借りて、埃っぽい島の道を走り回っていたニックは、風でパタパタと開くシャツと、縦横無尽になびく髪の下で、満面の笑みを浮かべていました。その姿に「何かあったんですか?」と私が聞くと、

「私はご覧の通り、じっとしていられない性分。アクティブに動くのが好きなのは、実は服の動きを感じるのが好きだから。そして、本当にそれしか考えていないんです。私がこの世で最も驚く瞬間は、街で誰かの着こなしを見かけたとき。その意味で、私はひどい覗き魔だ、とも言えるかもしれませんね。街を行き交う人がある特定の動きをした時に、その人の服が動きにぴったりと合うようになる、特別な瞬間があります。人間が動いている時にこそ、服は命を吹き込まれる。何気なく道を歩いていて、なぜだかわからないけれども最高に洒落てみえる人を見かけたことがありますよね?それは、その人の服がすべてオーダーメイドされたものだからかもしれませんし、優れた素材が完璧な形で体にフィットし、その人のボディに掛っているからなのかもしれません。何れにせよ、体の動きに合わせて、きれいに見える服を作るためには高度な技術とコツがいるんです。スタジオニコルソンのアイテムのなかには、実際に身に着けたときに初めて生命を吹き込まれるものがあります。これらのアイテムは、ハンガーにかかったままだと不格好かもしれませんが、着用して動かしてみると、マジックが起きたように、服が生き始めるんです。」

"Quality for me is the simplicity of really good raw
materials doing the talking. Why do people feel the need to overcomplicate things?"

会計を済ませ、コートを羽織ってストランドへ向かいます。ロンドンの石とコンクリートに囲まれた、金曜日の昼下がり。晴れ渡る青空のもと、私たち2人はタクシーに乗るのをやめ、あちらこちらの素敵な古い建物を差しながら、ゆっくりとソーホーまで歩きます。「私が世界で最も好きなこと。そのひとつが、スラックスを履いて、最後にスニーカーを合わせた老人を見ること。」と続けるニック。「テーラードパンツにスニーカーを合わせる姿には、若々しさを感じます。クラシカルなアイテムにスニーカーを合わせることで、瞬時にエッジの効いたスタイルが完成します。それは、質感のコントラストや緊張感がもたらすもの。スタジオニコルソンでも洗練された素材に、スポーツウェアのような大きなアームホールを施したパターンや、ストリートウェアのようなピッチで袖を仕上げ、窮屈に感じさせないドレスのパターンなどで同様のテンションを作り上げています。他にも美しく、ボリュームのあるナイロン素材で、正しい場所に適度な締め付けを作ること。スタジオニコルソンのワードローブは、どれも私らしく、着ると若返るような気がします。すべては初心に帰るため。そして若かりし日の私の、遊び心あふれた服へ還るためのデザインなのでしょう。」